郷土民謡の由来
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○みなと・めでた(わじま)
めでためでたの若松様よ。で唄い出す民謡は、節回しは違っても全国共通のご祝儀唄です。
ア~エ~とのばす所は(うみじ)と言われ、聞かせどころとされております。
節回しは陽施法といい、最も古い節回しで唄われております。
○船津盆踊り
古くは江戸時代中頃から里人に踊りつがれてきたといわれております。
伝えるところによれば、旅回りの歌舞伎役者、市川団菊が、たまたま盆踊りの折来合わせて従来の踊りにさらに歌舞伎風に手を加え、現在のような所作になったと言われております。
歌舞伎道行の振り付けを基調としたこの船津盆踊りは、踊りの容易さに比べて節の難しさが、かえって二百年あまりの長い年月、その特性と純粋さを保ち得たと言われます。
当時唄われた歌詞、現在の歌詞との間には相当の違いが見受けられると思いますが、それも時代の流れで、仕方のないことと思います。
こうした過程を経て、昭和37年町無形文化財に昭和41年には県民資料に選定され、明治神宮外苑日本青年会館で開催された全国民謡芸能大会に出場しました。
昭和44年には県重要無形文化財に指定されました。
○神岡音頭
昭和25年、船津まち、アソフ村、袖川村の一町二村が合併し神岡町誕生を記念して作られました。
作詞、峰陽の介、作曲、中山晋平の名コンビによるもので、船津民謡のうち、作詞作曲者が明らかなのはこの曲だけです。
踊りは輪踊り、座敷踊りとふたつあり、その場に合わせて踊り親しまれております。
○よしこの
文化文政のころ(今から約250年ほど前)現在の名古屋地方で流行り出した潮来節が変化し各地に流行したといわれております。
今、神岡で唄われている、よしこのは、山田の杉木兵三郎さんの貴重なテープを元に、忘れかけていたよしこのを復元したものです。
使われている音は、ドレミソラと限られております。
今までの民謡とは違った(呂施法)という節回しです。
踊りは伝えてくださる方がみつからず、新しく音羽流の先生により、田楽踊りにこだわり、独奏性を生かし新しく作られたものです。
豊作を願い、天と地と水をテーマに仕上げました。
謡曲に始まり、みなと、めでた、四番目によしこのが納め唄とされていました。
山之村のアソフよしこのを始め、北飛騨全般で祝い唄として伝えられたそうです。
先祖から唄い継がれてきた郷土民謡は神岡町の宝です。
神岡のすばらしい伝統芸能を消え去ることのないように、大切に守り後世に唄い継がれていってもらいたいと願っています。
練習会は、毎週水曜日19時より。西里ホールにて行っています。
参加して下さい。(神岡民謡保存会)
職員からのメッセージとして、リレー形式で職員のエッセイを綴っています。
次回は、旭ヶ丘デイサービスたんぽぽ苑 介護職員 中田 の予定です。