回想

旭ヶ丘デイサービスセンターたんぽぽ苑 介護職員 髙田

– – –

私は昔、昔、大昔、旭ヶ丘の鉱山の社宅で生まれ育った。

平屋の狭い社宅に9人家族でよく生活していたものだと今更ながら懐かしく思い出す。

 

普段は無口で大人しいが、お酒を呑むと陽気になり手拍子を取りながら気持ち良さそうに歌っていた父。怒ると怖かった。

 

プロレスが大好きで、社宅の集会時間とプロレス中継が重なると、幼い私たちに「お客さんが来たから家に帰ってきて。」と口裏を合わせ集会所から抜け出してまでプロレスを観たかった母。何が面白いのか今でもわからない。

 

狭い社宅の家の中を整理整頓するのが上手かった長女。

有り合わせの物でおかずをチャチャっと手早く造ってくれた次女。

お人形が大好きでいつも抱いていた。物静かで優しい三女。

唯一の男が4番目。女に囲まれて女々しいかと思いきや学校の先生に呼ばれていた。悪かった。

その兄と一緒に木にのぼり、山を駆け回る。宿題をして行った覚えがない4女の私。

よく喋り家族を笑わすのが得意な5女。

我が家には珍しく少しだけ頭が良い6女。

 

一つの饅頭を7等分に切る時の姉兄妹の目つきは真剣そのもの。一人っ子が羨ましかった。

洋服は姉や近所からのお下がりで肘や膝にはツギがしてある。

穴の開いた長靴は父がゴムのチューブを丸く切ってゴム糊で貼ってくれた。

 

出掛けるといえば、山へおにぎりを持って山菜採り。

秋は学校へ持って行く杉葉拾い。

夏休みはグラウンドいっぱいに子供たちでうまるラジオ体操。

遊びは缶けり・石けり・下駄隠し・馬跳び。

冬休みは父がリンゴの木箱でそりを作ってくれ裏山で滑る。その裏山も今は削られ交番になっている。

年末は社宅のあちこちから臼で餅つきの音が聞こえる。

年が明けると三河万歳・ガマの油売りが来る。

 

時々、姉兄妹達と食事会や旅行に行くが、物があふれている今。人情味があふれていた昔。

どちらが豊かなのだろうか、と話しあう。

– – –

職員からのメッセージとして、リレー形式で職員のエッセイを綴っています。これまでの職員からのメッセージはコチラ→https://tanpopoen.or.jp/letter/category/message/